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INTERVIEW7

『くめなんの蝶』刊行インタビュー
岸清巳さん(『くめなんの蝶』著者)
インタビュアー:守安涼(吉備人出版担当者)

久米南町の自然が育んだ写真集

蝶の観察から撮影へ

守安

蝶の撮影を始められたきっかけは。

私は久米南町に生まれ育って、中学生くらいから蝶に興味を持つようになり採集をはじめました。
自宅周辺は美しい農地環境に恵まれ、蝶に必要な草花が豊富なので、さまざまな種類の蝶を見ることができます。
とくに絶滅危惧種のシルビアシジミが生息できるのは、自然の維持・整備の賜物だといえるでしょう。

社会に出てからしばらく蝶とは離れていましたが、定年が近づき何か新しいことを始めようと考えたとき、子どもの頃の蝶の記憶が浮かび上がりました。
そこで、高校生の頃に知り合った僕の蝶の師匠である難波さんに「蝶の撮影を始めてみたい」と相談し、カメラを手にして、蝶を撮影する日々が始まりました。
2013年5月ごろのことです。

守安

写真集にまとめようと思ったのはなぜでしょう。

蝶の写真がたまるにつれて、自然と写真集にまとめたいと思うようになりました。
仕事が営業まわりだったものですから、移動の車の中でよくラジオを聞いていまして、お昼の放送で吉備人出版の山川さんが出演しておられたんです。
そのとき、紀伊国屋書店で出版相談会をされていることを知りました。

また、写真集を出された経験もある師匠の難波さんからも「吉備人出版はおすすめできる」とのことでしたので、じゃあとりあえず一度お会いして話を聞いてみようということで、相談会へ伺ったのが本づくりのスタートになりました。

守安

久米南町の蝶だけに絞った写真集は貴重だと思います。

カメラを手にした当初は県内各地でいろんな蝶を撮影していました。
けれども、写真集にまとめたいと思うようになってからは、やはり自分のふるさとの、生まれ育った場所の蝶だけでやってみたいという気持ちがあり、久米南町に絞って撮るようになりました。

でも、いざ本にするとなると、どういう構成にしようかずいぶん頭を悩ませましたね。
久米南には、どこでも見ることのできるような普通種の蝶が多いので、図鑑のように並べただけではありふれたものになってしまう。
撮影地をピンポイントで絞って、自分が住んでいる町の蝶だけを撮るのだから、やはり一年の四季を追って、春から秋まででまとめるのがよいだろうということになりました。

ところが、四季を通して丹念に撮影するとなると、これがけっこう大変で。
相手はやはり生き物ですから、その季節季節で、自分が納得のいくものをきちんと撮って揃えていくのはむずかしかったです。
でも、とても楽しくやれました。

『くめなんの蝶』刊行インタビュー 写真1

自然の中でじっと「待つ」

守安

撮影のコツは「待つこと」だとお聞きしました。

ひたすら自然の中で待つっていうことが大事です。
エサにしている草花があれば、蝶たちはそこへ勝手に集まってきますから、そういうポイントを毎日見に行ってね、弁当持参で朝から夕方まで。
朝早いときは、夜明けにじわじわ明るくなってきた頃から、蝶の活動前に現場へ行って、下草で休んでるのを探すこともあります。

でも希少種の場合は一日じゅう狙っていてもなかなか撮れないですから、食草を探して、幼虫を探して、サナギになったら毎日通って形の変化をチェックして、蝶になるまでずっと観察しつづけているんです。

蝶は羽の傷むスピードが速いので、蝶の一生のなかできれいに撮れる時間はとても限られています。
成虫になって羽が乾いてすぐの状態が一番きれいで、そこから1週間もすると羽が欠けたり、本来の色が出なくなったりします。
だから、できるだけきれいな姿を写せるようこだわって撮るようにしていますね。

こんなふうに毎日通ってじっと待つっていうのは、同じ町内に住んでいるからできるんですよ。地元だからできた写真集だと思います。

『くめなんの蝶』刊行インタビュー 写真2

蝶のふだんの生活を伝えたい

守安

制作のスタート時、写真の順番や大きさなどのレイアウトを書き込んだ3冊のノートをお預かりしました。
200ページ超をまとめる作業は大変だったと思います。

基本的には時系列で、四季を追うことは決まっていたものの、この本の柱になる蝶をどうやって決めるのか、どのタイミングでどう紹介するかで悩みました。
「特集」という形で3つにまとめたのがそれです。
久米南町の蝶を紹介するうえで、蝶が好きな人にとっても外せない種類を選びました。
もちろん僕の好みの蝶でもあります。
とくにシルビアシジミは春から秋まで通して見られて、僕の生活圏に一番密着している、しかも希少種ということで、外すわけにはいかないだろうと思い取り上げました。

あとは、箸休めというのではないですが、その時々で花の写真を入れるようにしています。
蝶の写真もクローズアップばかりではなくて、周りの植物や風景を一緒に捉えることで季節感が出るように心がけました。
できるだけ自然な感じで、観察しているままの様子というか、蝶のふだんの生活の雰囲気が伝わるように、なおかつ同じパターンばかりになって飽きられないように気をつけて構成したつもりです。

この写真集を見た方が、「自分も蝶を見に行ってみようかな」「蝶の写真を撮ってみようかな」と思ってもらえたら、それが一番うれしいですね。
簡単な図鑑代わりに使っていただければとも願っています。

自分の思い通りの写真集に

守安

はじめての本づくりを振り返っての感想は。

撮影が終わってからの写真選びやレイアウトはとても楽しく取り組めました。
そこが一番楽しい時間だったかもしれないですね。
自分でぜんぶ思い通りにやれているという実感がありました。
本づくりははじめてだったので、ノートをお渡ししたあとのいろいろな作業をぜんぶ吉備人さんにおまかせできたのがありがたかったです。
おかげで追加の撮影や写真選びに集中することができました。

キャプションなどの文章はどれもずいぶん悩みながら書いたのですが、細かいところまで相談にのってもらい、うまく整えていただけました。
文章だけでなく、写真データについても、色や明るさをもっとこうしたほうがいいとか、印刷に向けて具体的なアドバイスをいただけたのも勉強になりました。

とくに表紙については、使う写真は自分で選んだけれど、こんなデザインになるとは思ってもみなくて。
表紙案は複数もらっていたので、周囲の人にも見せて相談しましたけど、みんなが迷わずこれを選びました。
表紙のカバーをはずしたところにも蝶の写真を使って、遊び心のある可愛い感じに仕上がったと思っているので、ぜひみなさんに見ていただきたいですね。

はじめての本ができて、この写真集を買ってくださった方に「普通種をていねいに撮られているから、飽きない本になっていますね」と感想をいただけたのがうれしかったです。
普通に見られる蝶がたくさんいるということは、それだけ久米南町の自然環境が豊かだということの目安にもなっています。

中学生の夏休みの宿題で蝶に触れるようになってから、もう何十年にもなりますが、地元の人たちが農薬をほとんど使わず、手作業でこまめに草刈りをして、農地が変わらず維持されてきました。
今回の撮影を通じて、久米南の風景の「変わってなさ」に驚かされるとともに、いい場所に育ったなと改めて思いましたね。

いまは久米南町だけでなく、県内外のいろんな場所で蝶の写真を撮り始めています。
いちど見ておきたいと思う蝶がまだたくさんいるので。
先日も熊本の阿蘇まで撮影に行ってきました。
いまスタートしたばかりで実現するかはわかりませんが、また新たな写真集の形でまとめられたらと考えています。

『くめなんの蝶』刊行インタビュー 写真3

くめなんの蝶

著者
岸 清巳
仕様
A4判、並製本 カバー付き
ページ数
208ページ オールカラー
定価
本体2400円(+税)
ISBN
978-4-86069-678-8 C0045
くめなんの蝶

著者略歴

岸 清巳(きし きよみ)

1960年3月19日生まれ。
子どものころに昆虫採集を始め、2013年春から蝶の撮影をスタート。
カメラで生態を写すようになった。

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