吉備の古代史事典
薬師寺先生が考える吉備の世界
2013年12月だったから、亡くなられてからもう7年以上になる。
いまでも、薬師寺慎一さんの本について、時折問い合わせが入る。
古代祭祀研究家・薬師寺慎一さんに初めて会ったのは、生活情報紙の記者をしていた今から35年ほど前になる。
薬師寺さんの著書『古代日本と海人』(大和書房)の紹介を書かせてもらったのだが、なぜかその記事を気に入ってくれた。
古代史について何も知らなかった若い記者が、知らないなりに一生懸命聞いて書いたからだと、後に聞いたことがある。
吉備人をはじめて間もなく、「本にしたい原稿があるので」と連絡があり、数年間のブランクの後に再会し、原稿を預かった。
それが吉備人出版の記念すべき最初の本『楯築遺跡と卑弥呼の鬼道』となった。
以後、吉備人出版から合計8冊の本を出してもらうことになる。
最後の本となったのが、『吉備の古代史事典』(2012年9月刊)だ。
それまでの7冊は、どれも薬師寺さんが新聞などに書いてきたものや提案のあったテーマだったが、この事典は私のほうからの提案だった。
その後、本書が出来上がった時に、新聞社の取材にこたえてこんなやりとりが残っていた。
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山川:全般的な吉備の古代史について、それぞれの項目をオールラウンドに語れるのは今はもう薬師寺先生しかいないと思っていますから、先生の視点で吉備の古代史をまとめてくださいというお願いです。
薬師寺:こんなことは、したことがないもの。
自分の好きなことだったら書くけど、辞書というのは、困りました。
ちょっとこういうのをしたことがないでしょう。
自分の好きなことを書くのはいいけど、どういうものをしていいか、もうまったく分からないからね。
まあ、無茶なことを頼んでくるなあと。
ただ、言われてみれば、新納先生(新納泉・元岡山大学教授)は考古学はよく分かっているけど、吉備津神社のことを書けと言われたら、失礼だけど、私のほうがよく知っているかもしれない。
山川:オールラウンドということと、語句の説明というよりもさらにそれから突っ込んだというか、だれもが納得する内容というのではなくて、「薬師寺慎一はこう見る」という「視点」というものを生かした本じゃないと、一人で編纂する意味がないのです。
要するに薬師寺先生が考える吉備の世界というものを、全体的にまとめるのが、今回の事典の大きな狙いでした。
薬師寺:辞書というよりは読むような、そういう感じの、そういう辞書ですな。
古代史の一冊の本ととらえていただいてもいい。「引く」よりか「読む」という、そういう感じになるかもしれません。
気楽にぱっと開けて、そこを読んでいただいたら、面白い人にはまあ面白いだろうと思ってもらえるようなものですな、これは。
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このように、事典は私が無理を言ってまとめてもらったものだ。
先生としてはあまり気乗りはしなかったのかもしれないが、薬師寺先生の吉備の研究の集大成ともいえる本をまとめておきたかった。
今となっては、この事典をまとめておいて良かったと思う。
ただ、薬師寺さんは、本書刊行後も追加訂正作業を続けていた。
改訂版をつくるときにはと手渡された、赤字と付箋の校正用の本が今も手元に残っている。
(2021.6.10 山川隆之)
聖なる山、神社、寺院、イワクラ、古墳、そして文献……古代吉備研究の第一人者である故・薬師寺慎一が、「吉備」の歴史を知る上で欠かせない約750項目にも及ぶキーワードを、独自の視点で集めて編纂。
歴史研究者、古代史ファン必読・必携の「読む吉備の古代史事典」。
巻末に項目さくいん付き。